41号 カレーの話 (2009/7/4)
蕎麦屋なのにカレーというのもなんなのですが、今回はカレーのお話をさせていただきます。
蕎麦屋の前は「カレーと珈琲の店」なんていうを考えていたほどで、カレーにもかなり思い入れがあるのですよ。
思い入れがある分だけ、すみません、今回も長いです。お暇なときにお読みください。

どなたもそうでしょうが、子供の頃からカレーは好きでした。小学校の給食で月曜日に時々出たカレースープのようなもの。母が作ってくれた骨付きの牛すね肉を煮込んだカレー。あれは名品でした。

ですけれども、私のカレー心に火をつけたのは、インド料理としてのカレー。そのインド料理を初めて食べたのが、アジャンタという店です。

アジャンタは今では麹町の日テレの隣にありますが、当時は九段の、靖国神社の鳥居の近くにありました。
時は1975年、私は大学2年生。春爛漫の4月、武道館での入学式。男声合唱団コールアカデミーのメンバーとして「ただひとつ」など歌ったあと、昼飯を食おうということになり、同期で熊本男児のU君が「オレ、いい店知ってる」と連れて行ってくれたのがこのアジャンタ。

ここで私は生まれて初めてインド人の作ったカレーを食べたのです。感激でした。アジャンタのマトンカレーは、この日以来私のカレーの頂点の一つになりました。

このアジャンタには甘酸っぱい思い出がありまして・・・
入学式から程なくして、とある女子大のコーラス部と、いわゆる合コンがありました。そこで私は生まれて初めてデートの約束を取り付けたのです。待ち合わせて、お昼ごはんを食べましょうということになり、アジャンタの印象が強烈だった私は、何の迷いもなくそこに彼女を連れて行きました。
ところが、彼女は一向に箸、じゃないスプーンが進まない。こんなにおいしいのになぜ? もしかして?
そうなんです。彼女は辛いものは苦手で食べられなかったんです。ショックでした。ごめんなさい。大失敗でした。
もちろんデートはそれっきり・・・

話は飛びますが、それからウン年後、妻と知り合うのですが、彼女の証言によりますと、知り合って間もない頃に、やはりアジャンタに連れて行かれたそうです。懲りないというか、学習してませんねえ、私も。
でも、幸いなことに、妻は辛いのOKだったので、現在に至っているというわけです。

さて、このショックが大きかったからか、学生の身分にとっては値段もよかったからか、実際に学生時代に愛用したのはアジャンタではなく、もっと安いチェーンのカレー屋さんです。ベースタウンだった渋谷ではC&Cにいんでいら。よく食べました。

そして渋谷でカレーと言えば、ムルギーを忘れることはできません。
道玄坂を上がって右に入った百軒店の中程にあります。その当時からすでに古びた店構えでした。
ドアを開けて入ると中は薄暗く、時が止まったような空間。その静寂の中、ギシッギシッと床を踏みしめながら老店主が近寄ってきます。水を差し出し、一言。
「卵入りムルギーですか」
物静かな中にも有無を言わせぬ迫力に気おされて「はい」と答える以外にはありません。私はそれ以外のものを食べたことがない。

このムルギーは、場所も店構えもそして味も当時と全く変わらない、まことに貴重な存在です。あの老店主はもう亡くなりましたが、娘さんがしっかり引き継いでやっていらっしゃいます。

会社に入ってお世話になったのは、虎ノ門交差点のスマトラ。朝営業に出る時によく立ち寄ったものです。ここはご飯の量に比してルーがちょっと少ない。そこで顔なじみになった店長さんに「ルーだけ大盛にできないですか」とお願いして、メニューにはない仕様を作ってもらったりしました。
残念ながら虎ノ門店はビル取り壊しの関係で先日閉店してしまいましたが、新橋店は健在で今も愛用しています。ルーだけ大盛も出来ます。お試し下さい。

もう一つ会社に入ってから愛用したのは通称三越前のカレー。
この店は不思議な店でして、通常どんな飲食店にでもある三つのものが、この店にはない。
まずはメニューがない。何しろ出るのはカレーと珈琲だけ。
そして電話番号がない。電話が無かったということはないでしょうが、番号はどこにも書いてない。
そしてきわめつけは、なんと、店の名前が無い!!。ドアの横に「印度風カリーライス」と書いた看板はかかっているのですが、店名はどこにも表示が無い。不思議でしょう。
でもカレーはおいしかった。しばらく食べないと無性に食べたくなる、麻薬のような味でした。
そんな三越前カレーも、おととし閉店してしまいました。残念。

そしてさらにさらに、なんとカレーを求めてついにインドまで行ったのです。いえいえ決してカレーのためではなく、仕事ですよ、仕事。その当時システム開発をインドの会社に頼んでいたのですが、その開発の進捗がなかなか思うようにいかない。ここは一つ、現地に乗り込んで直接話し合おう、ということになったのです。

本当のことを言いますと、担当のエンジニアたちだけでも良かったんです。でもなんとしてもインドに行ってみたい私は、「やはりトップとも意思疎通を良くしておかなくては。だから僕も行く」などと理由をつけまして・・・

そして、もちろん仕事もちょっといたしましたが、カレー、食べました。というか、インドで出てくるのは全部インド料理なのですから。着いた日の夜のレセプションから最後の夜の打ち上げパーティーまで、カレーカレーの連続。幸せな体験でした。
また行きたいなあ。

こんなカレー好きの私ですから、一時期はカレー作りにも大いにこりました。もちろん市販のカレールーは使わない。スパイスで作ります。
本もいろいろ買いました。以前も紹介した「男の料理 コツのコツ」でアジャンタのキーママターの作り方を見つけたときは大喜びしました。
そうやって鍋の前でスパイスを振りながら、来るべきカレーと珈琲の店を夢想したものです。

でも今、我が家でカレーを作るのは妻です。これが一番おいしい。
そしてカレーと珈琲の店も、蕎麦屋に変わりました。
なぜか。
それは、その、なんですよ。
カレーでは酒が飲めんじゃないですか。


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